小さな子どもがカゼを引くと頻繁に咳が出たりゼイゼイという喘鳴が出ます。
⇒実は、筆者の娘も小さい頃ぜいぜいしたことがあります。
これって喘息の始まりでしょうか?アレルギーで喘鳴が出るのでしょうか?不安になるお母さんが多いようです。ここで、できるだけ分かりやすく解説してみます。
喘鳴の原因は、“ウイルスに対して体質的に気管が弱いこと”です。ウイルスが気管支まで入ることで喘鳴が出るのです。
喘鳴は繰り返すことも多々ありますが、小学生までには治ってくることがほとんどで、真の気管支喘息とは違うものです。当院では2歳までに気管支喘息の診断をすることはありません。と言うのは、この年齢はカゼを引いて喘鳴があるのは当たり前のことだからです。
なんのことやら、良く分かりませんね。
右の図を見てください。
喘鳴のことを理解するためには、「気道」の構造を理解しないと難しい。
人は空気を吸って生きています。酸素を取り込んで二酸化炭素を出す「ガス交換」をするのですが、それは肺で行っています。
(やってることは魚のえらと一緒)
ただし、肺が直接外に出ていると、あっという間に肺炎になってしまいます。
そこで、肺は体の奥深くにあって、細いパイプでそこまで空気を送っているわけです。このパイプのことを気道と言います。
そのパイプ(気道)の入り口が鼻の穴です。その奥の空間を鼻腔(びくう:図参照)と言います。空気は鼻腔を通って、咽頭(いんとう:口の奥)に入ります。咽頭は空気と食べ物の両方が通りますが、巧妙な仕組みで空気だけを喉頭(こうとう:声を出す声帯のあるところ)へ送ります。
※人が物を飲み込む時に、自動的に喉頭に蓋をされるのです。ごっくんしたときのどを触ってみてください。のどが持ち上がってますね。こうやって喉頭を持ち上げることで、蓋を作ります。
喉頭から下には通常は空気しか入りません。飲み込むときに誤って食物を吸い込むと激しく咳をしますね。空気以外の異物が、少しでも喉頭の蓋の下まで入ると、咳のレセプターに触って反射的に咳が出るのです。右の写真は喉頭の蓋の下にある声帯です。この周辺に咳のレセプターが密集していると考えられています。
※咳き込んで「気管に入った」と言われることが多々ありますが、真実は喉頭に入ったということです。
空気はV字型の声帯の間から気管に入り、さらに左右の気管支に分かれて最後に肺に入ります。気管支は無数に分岐してどんどん細くなっていきます(上図参照)。
できるだけ肺の隅々まで空気を送り込んで、効率よくガス交換するためです。
さて、人は絶えず空気を吸い続けないと生きていけません。ところが、空気の中には様々な異物があって、それも一緒に吸い込んでしまいます。
異物の中にウイルスがいます。ウイルスは生物とも言えないのですが、小さな遺伝子からできています。遺伝子というのはそもそも自己増殖する物質ですので、ウイルスが人の気道細胞の中に入ると、ものすごい勢いで増殖します。
実は体の中にはたくさんのウイルスが住んでいます。人が生きていく間はずっとウイルスと戦っている状態ということです。
多くのウイルスは鼻から入って鼻腔で増殖します。
右の図で赤線で囲んだ部分です。インフルエンザやRSウイルスの検査で、この部分から麺棒や吸引で分泌物を採取します。
※よく“のどが赤いですか?”と聞かれますが、咽頭には所見があることは少ないです。上に書いたように、ほとんどの気道感染症のターゲットは鼻腔なのです。ですので、当院では必ず診察のときに鼻粘膜を拡大鏡で見ることにしています。
鼻腔の粘膜は様々なところと交通があります。鼻腔の横には副鼻腔があり、また耳ともつながっています。鼻腔で増えたウイルスが、副鼻腔に入れば副鼻腔炎、耳に入れば中耳炎を起こします。
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※子どもは成人とは上気道の構造が違うため、同じ病気を見るのも異なる考え方が必要です。特に乳幼児は鼻腔と中耳の間が近く、管が太いので、鼻かぜのウイルスが簡単に耳に入って中耳炎を起こします。また、鼻と副鼻腔はほぼ一体となっていますので、鼻かぜは必ず副鼻腔炎を伴います。鼻副鼻腔炎と言ってますが、カゼと同じ意味です。
成人になれば、中耳や副鼻腔との交通路が狭くなります。
※食物を飲み込むときには喉頭は蓋をされますが、それ以外の呼吸をしている間は上図のように開いています。そのため鼻副鼻腔に分泌物がたまっていると、簡単に喉頭まで吸い込んでしまい、咳反射が出ます。鼻副鼻腔炎は乳幼児の長引く咳嗽の原因として最も多いものです。
気道のだいたいの構造はご理解頂けたでしょうか?
いったん休憩してください。
では、次にウイルスが感染したらどうなるか?考えてみましょう。
右図はカゼを引いた(ウイルスに感染した)状態を示します。
星マークがウイルスです。ウイルスが鼻腔粘膜に感染すると粘膜が腫れて(ピンクの部分)、ウイルスを奥に入れないようにします。これが鼻づまりの症状です。さらに鼻水(水色)が出てウイルスを追い出そうとします。
ところが、気道は上から下までつながっていますし、呼吸をしている限り空気は入ったり出たりしていますね。
ということは、鼻腔で増えたウイルスは、いつでも喉頭を越えて、より奥に入り得るということです。ウイルスを呼吸で吸い込んだり、ウイルスが粘膜を伝わって行ったりで奥まで入るのです。
喉頭の下は気管、その下は気管支があります。(一番上の図を参照)
ウイルスが喉頭を刺激すると咳が出てきます。咳はウイルスや分泌物が気管以下に入らないように体を守るための反応です。
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※喉頭の上は咽頭です。咽頭は食物も通るので刺激されても咳は出ません。夏カゼのヘルパンギーナや手足口病は咽頭の粘膜だけに感染するので、ほとんど咳が出ないですね。一方、RSウイルスなどは喉頭から奥まで入りやすく、咳が多いウイルスです。
咳が出るかどうかは、ウイルスが気道のどの部分に感染しやすいかで決まるわけです。
さて、やっと喘鳴の話です。
普通に呼吸していると、呼吸の音は静かです。気道は一番空気抵抗が少ないように作られているからです。できるだけエネルギーを使わず呼吸することができるようになってるってことです。
呼吸の音が大きくなるのは、途中で乱流が発生する時です。気道のどこかに異常があれば、乱流が生じて呼吸するためにより力が必要になります。
さて、もういちど気道の図を見て復習してみましょう。
気道は鼻の穴から始まって、鼻腔、咽頭、喉頭、気管、気管支から肺に至ります。
このどこかに空気を乱すような物があると、乱流が生じ、喘鳴が聞こえます。
もっとも頻繁に見られるのは鼻性喘鳴です。例えば赤ちゃんは鼻くそが詰まってるだけで喘鳴が生じます。赤ちゃんの鼻は狭いからですね。
また、乳幼児で保育所に通っていると、ずっと鼻が出ています。鼻の奥に膿がたまるのですが(鼻副鼻腔炎)、このために喘鳴が出ることもあります。
もっとも、鼻性喘鳴は呼吸困難を起こすことはなく、元気です。夜寝にくいというのは多少あるかも?
鼻副鼻腔炎による鼻性喘鳴を聴診器で聞くと クリック
いかにも分泌物が多い、ゼロゼロ、ブチブチという音を聞いてもらえると思います。
ところが、こういう雑音は鼻を吸引すると消えてしまいます。 クリック
ちなみに成人では鼻からの喘鳴は聞こえません。鼻性喘鳴が聞こえるのは3〜4歳くらいまでです。鼻腔が大きくなると、鼻から喘鳴をきたすことはなくなるのです。
※筆者は小児科医ですから子どもばっかり聴診しているので、こういった雑音は普通に聞こえるものと思っておりました。しかし、小児科の聴診に慣れていないドクターは、乳幼児の聴診であまりに雑音が多いのにびっくりされることがあるようです。また、鼻性喘鳴を喘息と間違われていることもあります。耳と鼻を覗いて、吸引すると診断がつきます。
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気管支炎ってなんだ?
咳が長引くときに気管支炎という診断が付けられることが多いですね。
じゃ、気管支炎って何でしょう?本当に気管支に炎症があるのでしょうか?肺炎のなりかけなのでしょうか?
実は気管支炎というのは、咳が強い場合、長引く場合に慣例的に付けられる病名です。気管支炎の正体なんて誰にも分からないのです。確かめようがないからです。
咳の反射が最も強く出るのは喉頭とその下部です。咳反射はもともと進化の過程で食物を入れないように発達してきたからです。咳の原因は気管支よりもずっと上の方にあることに注意が必要です。
そこで咳だけの単なる“気管支炎”はカゼのことだと思ってください。問題は気管支から出る喘鳴です。これは呼吸困難を起こすことがあるので注意が必要です。
それを以下に説明しますね。
さて、ウイルスはもっと奥に入ることもあります。喉頭より下の喘鳴を下気道性の喘鳴と言います。当院で細気管支炎や喘息性気管支炎とお話するときには下気道性の喘鳴のときです。
ここではこういった喘鳴がなぜ出るのかを説明します。
ウイルスは上気道に感染し、鼻腔で増えます。上に書いたように気道は下の方までつながっています。また小さい子どもさんほど上気道と下気道の距離は近く、免疫が未熟なためにウイルスも増えやすいので、下気道まで入ってしまうことがよくあります。
下気道まで落ちて気管支にウイルスが感染するとどうなるか?
右図のように気管支は細い管です。年齢が低いほど細いですね。気管支の内腔(内側)は鼻や口と同じように、赤い粘膜細胞で覆われています。
この気道粘膜細胞にウイルス(星マーク)が感染すると、ピンクの部分のように気道粘膜が腫れ、気道の中には分泌物がたまってきます(緑の部分)。
※鼻かぜを引いたとき、鼻づまりと鼻汁が出ますね。同じことが気管支の中でも起こっているわけです。
気管支粘膜にウイルスが感染することで、正常な時に比べて空気の通り道(白い部分)がせまくなってきます。だから抵抗が大きくなって呼吸音が大きくなります。
※細気管支炎の子どもさんの聴診音はこれ
しんどそうでしょう。鼻性喘鳴のように荒い音ではなく、高音です。下気道は上気道に比べ狭いので、空気の振動が細かく、ハイピッチの音になります。
下気道性の喘鳴は鼻性喘鳴と違い、子どもさんもぐったりしますし、夜は寝にくいし、大変です。RSウイルスで子どもさんがゼイゼして息苦しそうだったという経験をされた方も多いでしょう。
※上図のように気管支は奥に行けば行くほど細くなりますので、閉塞が起こりやすくなります。ウイルスが気道の奥に入れば入るほど、呼吸が苦しくなるということです。あまりにひどいと、酸素が必要になります。
当院ではこういった喘鳴を“喘息性気管支炎”と診断しています。気管支喘息と紛らわしいので嫌なのですが、他に表現する病名もありません。呼吸困難が出てくるような場合は細気管支炎と呼んでいます。細気管支炎と喘息性気管支炎は同じもので、重症度の差だけです。
さて、喘息性気管支炎は繰り返すことが多いです。と言うのは、ウイルスに対する抵抗力は子どもによって様々だからです。喘鳴を繰り返すのは、ウイルスがすぐに奥に入ってしまう子どもさんで、「体質的に気管支が弱い子」と考えれば良いと思います。
※“気管支が弱い”、と“アレルギー”は違う体質です。ただし、アレルギーがあればウイルス感染に弱くなるということはあります。アレルギー、喘鳴と気管支喘息の関係については、ややこしくなるので別に解説します。
※体質的に気管支が弱いと言ってますが、小さい赤ちゃんは体質がなくても気管支が弱いですね。低年齢ほどウイルス感染(カゼ)のときの喘鳴は普通に見られます。兄弟で、後から生まれた子の方がゼイゼイするというのは、低年齢からの感染機会が多いからです。特に上の子が保育所などで集団生活をしていると、ウイルスの“持ち帰り”が多いので、赤ちゃんは頻繁にカゼを引いてゼイゼイすることでしょう。
※喘鳴は下気道感染の証拠ですが、ウイルスが奥に入れば入るほど呼吸が苦しくなります。ウイルスが気管支の深くまで感染すれば、空気の流れが少ないところですので、呼吸困難が強い割りに喘鳴も消えてしまいます。実は喘鳴は、ウイルスがそれ以上奥に入らないように、気管支が頑張って炎症を起こしている証拠なのです。喘鳴があるから肺が守られているという側面もあるわけです。
ウイルスが喘鳴の原因となる、、、というのは分かって頂けたでしょうか。
さて、体質が喘鳴の原因となる、という話を書きましたが、ウイルスにも種類があります。
ほとんど全てのウイルス(インフルエンザウイルス、アデノウイルス、ライノウイルス、RSウイルス、その他まだ検査で分からない未知のウイルスも多々あります。)は下気道まで入り込み、喘鳴の原因となります。
いつも外来でお話させて頂いておりますが、、赤ちゃんに一番悪いウイルスは??
答え:RSウイルス
が正解です。
乳幼児にとってRSウイルスがもっとも危険なウイルスです。低年齢のRSウイルスを経験された保護者の方は実感されるのではないでしょうか。特に初感染のときには、熱は5日から1週間程度続くことも稀ではありません。
RSウイルスが危険なのは熱が続くということより、下気道感染を起こしやすいということです。RSウイルスは粘膜から粘膜に次々感染していくので、鼻腔で増えたウイルスが下のほうに入りこみやすいのです。だから上に書いたような理屈で喘鳴が出ます。
じゃ、RSウイルスに次いで下気道に入りやすいウイルスは??
答え:ライノウイルス
でした。
ライノウイルスは毒性は強くなく、成人の鼻かぜウイルスとして有名です。カゼを引いていなくても、鼻に持っている人もたくさんいます。
乳幼児の喘鳴は
「体質的に気管の弱い子が、強いウイルスの攻撃を受けたときに起こる。」
つまり
ウイルスが気道の奥に入ろうとする力>>気管がウイルスを排除する力
となったときに、下気道感染となり喘鳴が出るのです。
さてさて、ウイルスが奥に入ろうとする力(以下、ウイルスの強さ)はウイルスの種類によって違います。一番強いウイルスはRSウイルスですね。だからRSウイルスに感染すると、普通の子でも喘鳴が出ます。もともと気管が弱い子がRSウイルスに感染してしまうと、ウイルスが奥まで入るので症状がより強く出ます。
逆に考えれば、RSウイルスに感染して酸素や入院が必要なほどの呼吸困難が出るのであれば、気管が弱いわけですから、その後も喘鳴を繰り返しやすいということです。
※RSウイルスは2歳までほとんどの子どもさんが感染します。初感染のときの喘鳴の程度を知っておくことは大切です。RSウイルスは迅速検査で診断できます。
なお、1度目、2度目のRSウイルス感染はきついですが、3度目以降は抗体ができるので、症状がゆるくなってきます。
実は、気管の弱い子を長くを悩ませるのは、RSウイルスよりも、むしろ弱毒のライノウイルスです。
ライノウイルスは、人がもっとも普通に持っているウイルスです。長い間単なる鼻かぜウイルスと考えられていましたが、近年、気管支喘息の発作や、慢性の中耳炎にライノウイルスの感染が深く関わっているというのが分かってきました。健康な人の鼻を調べるとこのウイルスが検出されることが多々あります。毒性の強いウイルスではないので、人の体も強い免疫反応を起こしにくいのです。
ライノウイルスは弱毒で“気道の奥に入ろうとする力”はそれほど強くありません。
ですが、“気管が弱い子”は“ウイルスを排除する力”が弱いため、ライノウイルスに感染すると結果的に、
ウイルスが気道の奥に入ろうとする力>気管がウイルスを排除する力
となってしまい、ウイルスが下気道まで入って喘鳴が出てきます。
ライノウイルスが問題なのは、弱毒ゆえに、このウイルスに対する抗体が作られにくいということです。さらに、RSウイルスの血清型は2種類しかありませんが、ライノウイルスは100種類以上もの種類があります。そのため、RSウイルスは何度か感染すると症状が出なくなりますが、ライノウイルスは多くのウイルスに対して抗体を持たないといけないので、何度も感染しても喘鳴が出るのです。
※頻度は多くないですが、RSウイルス、ライノウイルス以外のほとんどのウイルスも喘鳴の原因となります。
とは言え、ずっと免疫ができないわけじゃありません。
たとえ“気管が弱い”子でも、正常に抗体を作る能力があります。ぜいぜいするのはつらいものですが、そのたびに強くなっているわけです。
そして、小学校低学年までで、ほとんどの子どもさんは自然に治ってしまいます。
さてさて、以上が喘鳴とウイルスの関係についての話です。
“気管が弱い子”と、気管支喘息の関係は、別ページで解説します。
ここでのKey Wordはアレルギーです。
“気管が弱い”体質に加え、“強いアレルギー体質”になってしまうと気管支喘息を発症します。
上に書いたように、普通は“気管が弱い”体質は年齢と共に治ってきます。
しかし、強いアレルギーを発症してしまうと、“気管が弱い”体質が治るのを邪魔するばかりか、ますます気管の抵抗力を下げてしまうことさえあるのです。